モデルガン・エアガン・カスタムガン販売のキャロムショット

〒463-0048
愛知県名古屋市守山区小幡南
1-2-10-403
052-795-5855
052-796-2152

川本孝の今月のお話


私の末娘華菜ちゃんがミスユニバースの決勝に残りました。結局彼女は決勝で敗れましたが、いいところまで行ったみたいです。結局応援パワーが不足したようです。彼女は何も言いませんがコンテストはディナー形式で、参加者1名につき1票が与えられます。私が20名ほど引き連れてディナーに参加すれば彼女はミス愛知になれたと思われます。彼女の努力は報われませんでしたが、努力は大変なものを感じました。食事も同じものを食べずに豆腐とかカロリーの少ないものを自分だけ別にとっていました。さらに加圧トレーニングやジム通い。体重も随分落としたようです。親として娘を不憫に思うのは味わったことがありません。何に心を支配されるのか、私の思考では読めません。いずれ彼女も独り立ちして私の手から離れて行きますが、どうか平穏な道を進んでいくように願います。
(2019.1.10[Thu])

謹賀新年

明けましておめでとうございます。本年も昨年同様何卒宜しくご贔屓くださいますようお願い申し上げます。何か魔法にかかっているみたいで、時のたつのが早すぎます。ついこの間娘と妻とで節分の豆まきをやって、恵方巻をほおばった記憶が昨日のようによみがえります。小学生の頃は1日がなんて長いんだろうと感じていました。夏休みも永遠に友達に会えないかのように思いましたが、今は1か月があっという間に過ぎ去ります。結局私の趣味は鉄砲でCAROMSHOTこそが趣味の代表です。他に何もありません。大切なものを追い続けて時間だけが過ぎ去った感じです。魅力ある銃の開発だけに時間を使っています。今年こそは皆様をあっというカスタムガンを開発いたします。ご期待ください。2019年元旦川本孝。
PS写真のイラストにイノシシがいません?2段目の真ん中がイノシシです。いやあカバかな?サイかも?ウ〜ンとさいなら。
PSのPS
昨年末から始まりましたバーゲンセールですが引き続き新春セールとさせていただきます。ただし再生産された物は適応しません。とりあえず1月末で終了しようかなと考えています。人気のある順番に売り切れ再販となります。CAROMはバーゲンセールをめったに行いません。気に入ったものがあれば今のうちに抑えてください。
2019.1.5[Sat]

年末バーゲンのお知らせ!

今年も押し迫ってきました。やり残したことや取り返したい思いがありますね?欲しかったCAROMのカスタムガンを買い損ねたことなんかありませんか?そこでCAROMはどこよりも早く年末バーゲンに突入します。殆どのカスタムガンが1割引き。カスタムグリップは2割引きです。人気のある順に売り切れます。再販は値引きしません。さあこの機会をお見逃しの無い様に、CAROMのHPをチェックしてください。
(2018.12.20[Thu])

キャロム独立への道その9サカエヤに入社
その9サカエヤに入社
私の人生を決定した出来事だった。東京の大手問屋さんの社長にきにいられて東京に行くことにした。いつも遊び場だったモデルガンショップサカエヤにいとまごいに行った。ところが突然店長をやってくれと言われた。過去の経験から中小企業に、ましてや個人経営のような会社につとめたくなかった。ところが社長から全てを任せるからと詰め寄られた。どうせ一時のあいだからと自分を抑えてサカエヤに入社した。個人経営の会社はザルで在庫表一つなかった。棚卸を申し出た。つい10日ほど前にやったところだといわれたが、信用できなかった。やはり200万円少なくなった結果が出た。棚卸をしなかったら200万を私がごまかしたとされるところだ。在庫表を作って売れたら1個ずつ消していき、無くなったら補充する。2か月たって売れなかった在庫は値下げする。たったこれだけの作業で年間売り上げは2倍になった。そのころサバイバルゲームというアメリカのゲームを日本に広めようと考えた。三菱油化はゼロ戦の風防グラスを作っていた。ポリカーボネートという素材だ。それを防塵ゴーグルのレンズに合わせてカットして対BB弾用防弾グラスが完成した。このアイデアこそが今日本中をにぎわす趣味のスポーツゲーム、サバイバルゲームの幕開けだ。
 私は月刊GUN誌にサバイバルゲームの記事を連載した。すごい反響で私は一時、時の人になった。それから10年間書き続けた。写真も自分で撮っていたので、自分が画面に出ることはなかった。ただTVのズームイン朝やタモリクラブにも出演した。
 そんなことがあって翌年の売り上げはさらに倍、粗利が5000万円を超えた。私はこちらの世界で生きていくことを決めた。そしてサカエヤもやめた。他人を儲けさすことのむなしさがついに頂点に来た。私は退職したが小売店をやるという気持ちはなかった。時間と場所に縛り付けられて、客を待つような仕事はしたくなかった。ちょうどそのころMGCのモデルガンガバメントが大ヒットしていた。1万数千円の銃のカスタム部品が販売されていたがハンマーが本体と同じ価格で売られていた。それもそのはず鋼でできていた。こだわった商品を生産していたのだ。生産していたのはアサヒファイヤーアームズの築地氏だ。私は彼に連絡をした。もう少し柔らかい鉄でいいので安いものを作ってくれませんか?そうしたら彼が君がやってみろ、困ったことがあったら相談に乗ると言ってくれた。その一言で私の運命は大きく変わった。ハンマー\5800バレルブッシュ¥3800バレルプラグ¥3800スチールシアー¥2000どれも鉄のブロックから削り出したものだ。これが爆発するように売れまくった。かくしてキャロムショットを設立した最初は従業員私だけの会社だ。さて私の人生の謎だが、ここではっきりと結論が出た。私の抜けたサカエヤは2年後に倒産した。私が抜ける会社は次々と廃業するのだ。もしこれが逆なら私の人生は真っ暗になる。私の力は偉大だったんだと過去の会社の代表に言いたい。我ながら自慢だらけのやなやつだな〜。
(2018.11.22[Thu])

決算バーゲン開始!
早いもので今期もあとわずかで決算を迎えます。それで一部の商品ですが1割引きに致します。何か気になっている商品がありましたらHPのトップからよろしくチェック願います。
PS CAROMカスタムグリップのすべてが10%OFFになりました。
(2018.11.15[Thu])

ガンブルーとは?

そもそも材料である鉄の原料は、鉄鉱石と言われる、赤茶けたぐずぐずの石のようなものだ。それを人間が還元という方法で鉄をつくりあげた。鉄をそのまま放置すると酸素と結びつき(酸化作用)により、元のぐずぐずの赤茶けた石に帰ろうとする、いわゆる自然現象なのだ。それを食い止めるべくたたいたり磨いたりした。研ぎ澄まされた刀はある程度それで酸化作用を抑えられたが、鉄砲はそうはいかない。それで黒錆を先につけることにより、赤さびを発生させないようにできた。赤さびをが来る前に黒さびで表面をコートするのだ。それがガンブルーの始まりである。1970〜1980年ごろはコルトパイソン等の純正品がガンブルー仕上げで市販された。それは美しい蒼でしかも頑丈だった。私はそのころ米国で銃砲店に行く機会がありその藍に心奪われた。しかしながら表面を磨いたりする作業などで膨大なコストがかかるために、黒塗料を塗って焼き付ける作業で同じ赤錆を抑える効果が得られた。そのためにガンのフィニッシュは焼き付け塗装が多く用いられることになった。米国にはガンスミスという職業があるが、彼らの主な収入源はガンブルーである。表面を鏡のように磨き上げると、黒錆液は美しいガンブルーになるのだ。かくして銃愛好家たちは美しいガンブルーを好むことになる。玩具銃の世界でも同じことで、模型用の青のカラーをつけてもあの怪しいガンブルーには決してならない。模型用のカラーはアクリルとかナイロンなどが触媒に使われ、乾いたらギラギラした光が残る。CAROMのスチールブルーやメタルブルーは無機で製膜する。そのために1分ほどで指触乾燥し、触ることができ24時間で乾燥し、その際研磨することができる。細かい研磨剤で表面をつるつるにすると昔の1980年代の銃器メーカーのような綺麗なガンブルーを手に入れることができる。しかもかなり塗膜は強く、ブローバックの摩擦などでは剥がれることがない。かくしてブラックスチールも焼き付けの艶消し黒。ブルースチールやメタルブルーはガンブルー用に生産されている。もう一つはチタニュウムシルバーも無機である。どれも素早く乾燥して塗膜は十分強いのが特徴だ。
(2018.10.29[Mon])

暑中お見舞い申し上げます。

連日の猛暑の中で、お仕事ご苦労様です。CAROM  SHOTは8月11日(土曜日)から15日(水曜日)まで、夏季休暇をとらせて頂きます。ご不便をおかけしますが何卒宜しくお願いします。尚お休み中でも川本が出勤する場合があります。その際はHPのトップページに張り出しますので、元気なお声をお聞かせ下さい。それでは熱中症には十分お気をつけてお過ごしください。川本 孝
(2018.8.9[Thu])

コルトピンバッジ完成

コルトのメダルを、ピンバッチにすることができました。足の短い最新のピンタックを使用しました。従いましてジャケット以外のものでも、シャツやパーカー帽子等にもつけられます。私は銃器愛好家であるとゆう自己主張です。そのピンバッチを見て声をかけてくる人がいるかもしれません。新しい友情が芽生えるかも。肉食女子には完ぺきなアクセサリーだと思います。現在1個¥1000で発売予定です。発売されたら近所の専門店でぜひ手に取ってご覧ください。
6月20日よりCAROMのホームページで、カスタムガンをお買い上げいただいた全員に、このコルトピンバッチをサービスすることが決定しました。このキャンペーンはいつまで続くかはわかりませんが、ぜひこの機会をお見逃しなく!
2018.6.16[Sat]

CAROM独立への道その8
CAROM独立への道その8糸屋株式会社に入社
小川さんの友人である人が、糸屋という会社を紹介してくれた。そして入社1日目に事件は起こった。大学の学生課から連絡があり、三重県の私学高校から国語の先生の欠員が出たので、至急その学校に行ってくれとのこと。私は学生課に私学の要望があったとき私を推薦してくれとおねがいしてあったのだ。困った。迷った。よりにもよって入社1日目である。結局この会社に入社することを決めた。何か違うと感じたのは1年たってからである。デザイン室勤務から加工部に転属。裁断部である。生地を針にさしていき何枚も何十枚も重ねていく作業だ。手から血が流れ、いったい私は何をしているのだろうと思った。ある日営業部からお声がかかり、地獄から脱出できた。マタニティドレスの営業を任された。デザインや生地選びに多くの時間を費やし、ついにマタニティ部のトップになった。大阪は船場、東京は日本橋と多くの問屋さんに販売に出張した。東京に出張の際は楽しかった。販売は得意でほぼ午前中に数百万円の契約を取り決めた。午後からはアメ横のモデルガン屋さんを巡った。MGCのボンドショップやCMCの直営ショップ、MKKのレプリカ店、マルゴーなど、さらに足を延ばしてコクサイ・道玄坂の平田さんに会いに行った。
この時期に私は銃砲の所持免許を申請した。警察が会社にまで聞き込みを行った。社長室に呼ばれ刑事2名と社長が私をにらみつけ、なんで鉄砲がいるのかを詰め寄った。もちろん答えはクレー射撃。狩猟に興味はなかった。かくして24歳でレミントンのポンプアクションショットガンを手に入れた。1年たってさらにスキート用に上下2連も手に入れた。クレーは私の癒しの時間、白いお皿が蒸発するように弾き飛ぶと、すべてのことがうまくいくような気がした。この後は退屈なサラリーマン人生なので割愛させていただく。10年間サラリーマンを続けて退職。退職の理由は敵を多く作ったから、出世が早く売り上げも多い私を面白くないお偉いさんが多くいたからだ。例の謎であるが、やはりこの会社も廃業して今はもうない。
2018.4.7[Sat]

CAROM独立への道その7
その7
最初の就職先は大海プラスチックという会社で、名古屋市の錦の勤務だった。錦と言えば名古屋最大の歓楽街。にぎやかなことが好きな私は喜んで就職した。農業用の温室に使う材料のメーカーだった。最初は社長が仕事が終わると錦の飲食店やバーなどに連れて行ってくれた。何ていい会社に入社したんだろうと思った。錦2丁目あたりまさに錦の中心だ。こじんまりしたオフィスで女子事務員が3名いた。そこで私は総務の仕事についた。社員50名と聞いていたので少し変だとは感じていたが、やはり錦は罠だった。半年ほどで日進町に勤務するように命じられた。日進町はかなり田舎で錦のオフィスに比べてかなりぼろいオフィスだった。メーカーの生産工場でそこには数十名の従業員が働いていた。私は彼らの面倒を見る為に、大卒の事務員を募集したのだ。ただ日進の勤務では応募者がいないため錦のオフィスで募集したのだった。会社は最初から日進工場に送り込むつもりで私をやとったのだ。それが分かってもやはり人間関係ができて、簡単にやめることはできなかった。たとえば季節労働者のまかないをやってるおばさんが使っている、魚焼き用の網はぼろぼろで、フライパンも錆び錆び。そういうものをすぐ新しいものに交換した。近くの喫茶店で誰かの不満を聞いて報告するように社長に命じられ、経費ももらつた。それでいろんな人の話を聞いて改善に努めた。だからやめようと考えた時に悲しむ人があまりにも多くいて、私を困らせた。工場のおばちゃん達は私を憧れの少年と呼んでいた。少し年上の先輩はなんでやめるんだと、怒り出した。私を採用した小川という人と食事に行った。その時ある人が現れて小川さんと話をしていた。そのある人が私に興味を持ったらしくあれこれと聞いてきた。そして小川さんにこの先生(私)にいくら払ってるんだと聞いた。それに対して小川さんが『いやあ、たいしたことないよ』と答えた。私は大したことのない給与で雇われたんだと怒りが込み上げて退職を決意した。最近錦によくいくようになったが錦2丁目の交差点近くにあった大海プラスチックはもうない。日進町の会社もネットでは見つからない。このあたりから私の人生の謎が始まる。
(2018.2.7[Wed])

バックナンバー

ページトップへ