| 一四年式拳銃 |
| 一四年式拳銃は、大正14年(1925年)に、日本軍用制式になったセミオートマチックピストルだ。一四年式拳銃の原型は、1903年から1904年にかけて、南部麒次郎により完成された南部式自動拳銃だ。この南部式自動拳銃は、予算の関係から、日本軍に採用されなかった。しかし、その後、各軍の陸軍が、セミオートマチックピストルを採用したところから、日本軍も、軍用セミオートマチックピストルを開発するjことになった。オリジナルの南部式自動拳銃は、製造工程数が多く、単価が高くまた量産的ではなかった。新製式ピストルは、量産を容易にするため、南部式自動拳銃を簡素化する方向で開発を進めた。その結果完成し、軍の制式となったのが、一四年式だ。一四年式拳銃は、すでに造兵廠を去っていた南部麒次郎の助言を受け、名古屋造兵麒で開発されたものだった。 一四年式は、ショートリコイル式バレルと回転式ロッキングラグによるロッキングシステムを備えている。撃発は、ストライカー方式が採られていた。一四年式拳銃は、大正14年(1925年)制式となってから、第2次対戦が終結した昭和20年(1945年)まで20年間にわたって作られた。その間に、マガジンセフティの追加冬季用大型トリガーガードの追加撃発を確実にするためのファイアリングピンの大型化など数次の改良が加えられた。 (2026.9.30[Wed]) |
| コルトM1900(コルトブローニングM1900) |
| ⚪︎M1900セフティ付き 1890年代末からセミ・オートマチック・ピストルを試作していたジョン・M・ブローニングは、1897年4月20日、数種の異なる型式のパテントを得た。その中の1つが、1900年コルト社によって製品化され、M1900コルトブローニング・ピストル名付けられた。 M1900は、バレルの前端と後端の両方に各1個ずつのバレル・リンクを持つティルト・バレル・ロッキング・システムを用いている。 M1900には、数種の軍用トライアル向け一般市販用があった。いずれも口径は.38(9mm)だった。一般市販モデルには、手動セフティを兼用したリア・サイトつきも作られ、各モデルを含め、約3500丁が作られた。 M1900ミリタリーは、1901年、アメリカ陸軍からの発注にこたえて約200丁制作された製品だ。発注が1901年であったところから、コルトM 1901ミリタリーとも呼ばれる。 M1900ミリタリーの基本的構造は、一般市販モデルと全く同一で、単にスライドの指かけ溝が、前方に移動しているにすぎない。このスライド前方の指かけ溝は、後期には一般市販モデルでも採用された。M1900ミリタリーには、ラウンド・ハンマーとスパーハンマーの2種類のバリエーションが知られている。 (2026.9.15[Tue]) |
| TT 1930 |
| TT(ツールスキー・トカレバ)1930は、通称トカレフ・ピストル 1930と呼ばれる。フィヨドル・バジレビッチ・トカレフによって設計されたセミ・オートマチック・ピストルだ。1920年代末まで、ソビエト軍は、軍用ピストルとして、ナガン・リボルバーを生産し、セミ・オートマチックは輸入品に頼っていた。ソビエト軍が輸入して使っていた代表的なセミ・オートマチックは、モーゼル・ミリタリー、ブローニングM1903、コルトM1911などがあった。1928年ソビエトは、国産オートマチックのテストを開始する。試作品は、弾薬としてモーゼル用の7‘62mm×25弾を用いることになる。トカレフ、コンロビア、プリルツキー等が、試作品を制作、 1930年から31年にかけてのトライアルの結果、トカレフの製品が形式の指定を受けTT30の名称を与えられた。 (2026.9.14[Mon]) |
| TT1930/33 |
| トカレフTT1930/33(TT33)は、トカレフTT1930(TT30)を簡素化し、生産性向上を図ったモデルだ。オリジナルのTT30は、ブローニング設計のコルトM1911を単純化した製品だった。改良設計のTT 33は、TT30をさらに単純化すべく計画された。TT30は、グリップ・フレーム後面が独立した部分になっており、銃の精密分解時に外してトリガーを後方に突き出した。改良型TT33の最大の改良点は、このグリップ・フレームを一体化して、簡素化した点だ。そのほか、バレルのロッキング・ラグをリング化して生産を容易にし、フロント・サイト幅広く、リア・サイト溝を狙いやすくスクウェア・ノッチに改良した。トカレフTT 33は、その後さらに簡素化を進め、スライドの指かけ溝も複合式からシンプルな溝へ改めた。トカレフTT33は、極限までブローニング設計のM1911を単純化したもので、グリップ・セフティ、手動セフティすら省かれ、セフティは、ハンマーのハーフコックのみになった。トカレフ発想は、単純化兵器の代名詞ともなった。 (2026.9.11[Fri]) |
| 初めてモデルガンを買った日 |
| 前から気になっていたモデルガン。 「いつか買ってみたい」と思いながら、雑誌で写真を眺めたり、レビューを読んだりするだけの日々が続いていました。 でも、ある日ふと思ったんです。 「そろそろ一つくらい、実物を手にしてみようかな」と。 そこからは早かった。 いろいろ調べて、自分が気に入ったモデルを決めて、ついに購入することにしました。 お店で実物を見たときは、正直ちょっと緊張しました。 画面越しに見ていたものが、目の前に置いてある。 ケースの中に並んでいる姿を見るだけでも、「やっぱりカッコいいな」と思ってしまいます。 そして、いよいよ購入。 箱を持って帰るときの気分は、小さい頃に新しいおもちゃを親に買ってもらったときと少し似ていました。 家に帰って、さっそく箱を開ける。 ゆっくり取り出して、手に取ってみる。 写真では分からなかった質感や細かな造形に、思わず見入ってしまいました。 「これが自分の最初の一丁か……」 そう思うと、なんだか感慨深いものがあります。 もちろん、モデルガンは実用品ではなく、あくまで趣味として楽しむもの。 だからこそ、眺めたり、手入れしたり、歴史やモデルについて調べたりしながら、自分のペースで楽しめるのがいいところだと思います。 その日はしばらくケースの中のモデルを眺めていました。 買う前は「一つだけ」と思っていたのに、すでに次に気になるモデルを探している自分がいます。 趣味というのは、こうやって始まっていくのかもしれません。 初めてモデルガンを買った日。 たぶん、これから先も忘れない一日になりそうです。 (2026.9.9[Wed]) |
| DWM−P08 |
| P08(ピストール08)は、1908年ドイツ軍用制式ピストルになり、最も多量に生産され、パラベラム・ピストール中の代表的な製品である。ドイツ海軍は、1904年からパラベラム・ピストールの採用と支給を開始していた。ドイツ陸軍はこれに遅れること4年。1908年に軍用制式ピストルとして10cmバレル付きを採用し、1909年から生産と需要が始まった。P08を、第1次対戦集結の1918年までに最も大量に生産したのはDWM社である。DWM社の製品は、遊底上面にDWMの3文字をデザインした花文字の刻印が打たれている。また、軍用向けの製品は、レシーバー上面に製造年が4桁数字により表示された。 DWM(ドイツ武器弾薬製造)は、1909年約15,000丁の生産を行わない以降1910年73,500丁、1911年114,500丁と生産台数をのばし、1918年までに90万丁以上を生産した。第1次大戦後、軍用向け生産をベルサイユ条約で禁止されたものの、様々な抜け道を使い1934年モーゼル社に生産が移行するまで数々のバリエーションで製造をつづけ約46万丁を完成した。 (2026.9.7[Mon]) |
| コルトSAA |
| コルトシングル・アクションアーミー(コルトSAA)は、ピースメーカー、モデルP_、コルト45、シックス・シューター、コルトフロンティアシックスガンなどとも呼ばれる。 コルトを代表し、アメリカを代表するリボルバーだ。アメリカで、いち早く生産し、パーカッション方式撃発機構の軍用リボルバーをリードしたのはコルト社だった、しかし、1857年に、スミス&ウェッソン社が、金属薬莢式リボルバー発売。初めは、小口径のものだけで、軍用リボルバーとしてのコルト製品に影響を与える程ではなかった。その後、スミス&ウエッソン社は、大口経化への努力を重ね、1870年になると、44口径を完成し、アメリカ陸軍リボルバーのテストを受けるまでになった。一方、コルト社は、金属薬莢式(カートリッジ)リボルバーへの転身が遅れた。初め、コルト社は、それまで生産していたM1851ネービーやM1860アーミーなどのパーカッション式リボルバーを改造して発表した。これらの改造型は、コンバージョン・コルトと呼ばれ、代表的なものにツアーパテント、リチャードパテントなどがあった。1872年通称オープン・トップと呼ばれる44口径の薬莢式コンバージョンリボルバーM1872を発表する。しかし、このM1872は、シリンダー上方のフレームがなく、強度的に十分でないと言われる。そこで、シリンダー上部にもフレームを渡したソリッド・フレームの新型を設計した。1872年末のこと。完成されたコルトSAAは、急ぎ、アメリカ陸軍に送られ、スミス&ウエッソン社の中折れリボルバーの切り崩しを図る。アメリカ陸軍は、構造単純で、ハンマーのコックしやすさを評価し、翌1873年7月8,000丁をコルト社に発注、ここにコルトSAAの歴史が始まる。途中に何度か生産の中断があったものの、現在まで作られ続けている。コルトSAAは、各種銃身長と36種の異なる光景で作られた。 (2026.9.2[Wed]) |
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